高橋一生の父親・母親・兄弟の家族情報!そんなころから子育てしてたの?

家族

この記事は高橋一生さんの家族(父親、母親、兄弟姉妹)や実家にまつわるエピソードを紹介しています。

幼い高橋一生さんを慈しんで育ててくれたお祖母ちゃん。

一方、奔放なお母さんのおかげで高校時代から子育て修行も?

複雑な家族構成で兄弟仲はどうなの?

さっそく見て行きましょう。

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高橋一生の家族構成(父母・兄弟姉妹)

高橋一生さんの家族構成は祖母、母、高橋一生さん、弟4人の7人家族です。
実父は高橋一生さんが5歳で離婚、弟たちの父親は次男・三男と、下の二人でそれぞれ違います。

高橋一生さんの兄弟には、父親が3人存在したというわけです。

なお、お三方とも既に死去されています。

高橋一生の祖母

高橋一生さんのご両親は、彼が5歳のころに離婚。

お母さんが彼を引き取りましたが仕事が忙しく、実質的に高橋一生さんを育てたのは赤坂在住だったお祖母さんでした。

ふさぎがちな初孫に寄り添い、いつも心配してくれるやさしい方だったようです。

幼い高橋一生さんがおばあちゃん子になるのは当然ですね。
現在につづく彼の考え方にも深く影響を与えたようです。

そのひとつが、仏教や神道に代表される宗教への視点です。
(※特定の宗教の信者であるという意味ではありません。)

「お経とかがすごい子どものころから好きで。なんか耳ざわりがよくて。『なんなんだろうこれは』って思って……」
引用:https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1946446/

朝晩、お経を唱える習慣があったというお祖母ちゃんの姿を目にして、生活の中に溶け込んだ神仏との接し方を自然と学んだのでしょう。

現在でも、撮影前や深夜に座禅を組むことがルーティンになっているそう。

彼は『自分にとって足りないものについて考えるため』と、言っていました。座禅を組めないときにも、雑念を払い、自分の内面を見つめるために、“スマホにふれない時間”を作っているとか(前出・高橋を知る俳優)
引用:https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1946446/

お祖母ちゃんからの教えは他にも。

2019年に「しゃべくり007」に出演した際、「トイレは絶対に素手で洗え」と教えられ、実践していると明かしました。
MCのくりいむしちゅー・上田さんも驚いたようでしたが、高橋一生さんは
「はじめは嫌だったが、スポンジなどより素手で洗うと汚れが取れる」と力説。
これには上田さんも「こだわりがすごい。逆にキレイ好きなのかも」と納得せざるおえなかったようです。
参照:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/02/26/kiji/20190225s00041000421000c.html

お祖母ちゃんはエンタテイメントが大好きで、週末にはふたり一緒にドラマや映画をおそくまで観るのが楽しみだったとか。

習い事にも積極的だったというお祖母ちゃん。
もっとも、高橋一生さん自身は「どれも長続きはしなかった」と言っていますが、その一環として高橋一生さんを児童劇団に通わせてくれたたことが、後の高橋一生さんの人生を変えることになったのでした。
参照:https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1946446/

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高橋一生の母親

2017年7月、笑福亭鶴瓶さんがMCをつとめるトークバラエティ『A-studio』に出演した高橋一生さん。

自身はお母さんが18歳で産んだ初めての子だと語りはじめました。

お母さんは港区赤坂の生まれで、小学生時代の高橋一生さんは赤坂御用邸を遊び場にしていたそう。

その後お母さんは2番目の夫との間に次男・三男を、3番目の夫との間に四男・五男をもうけています。

俳優だったという情報もありましたが、確たる証拠は見つかりませんでした。
しかし2019年7月『サワコの朝』で、高橋一生さん自身が「母は子役をしていたらしい」と発言されています。
子供の世話はほぼお祖母ちゃん頼りで、外で仕事をされていたようなので、直接お母さんに「女優さんだったの?」と無邪気にたずねられるような間柄ではなかったのかもしれませんね。

ある番組で赤ちゃんの扱いがうまいことをほめられた高橋一生さん。

高校時代から弟たちの面倒をみていたことを明かし、ミルクやオムツ替えも手慣れたもので「子育てを一度やった気になっている」と語っていました。
参照:https://yonta64.hatenablog.com/entry/kankan/2017-0217-高橋一生

 

子供に「友だちが金持ちなら、その親から100万借りてこい」と命令したり、お金に困って高橋一生さんの愛車を勝手に売ってしまったりと、かなりメチャクチャなお母さんだったようです。

高橋一生さんが役者をされていることについては「あんたなんか大した顔じゃないんだから、そのへんのあんちゃんを目指せ」としょっちゅう言われていたそうですが、このエピソードを語った時の高橋一生さんは、ちょっと懐かしそうでもあったようです。
参照:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/01/21/kiji/20170121s00041000344000c.html

愛車を勝手に売り飛ばされてから、10年ほどお母さんとは絶縁状態だったそうですが、2015年夏(2014年との説もあり)三男からの連絡でお母さんが肺ガンだと知らされた高橋一生さん。
すぐに会いにいくにはまだ気持ちの整理がつかなかったそうで、それでも亡くなる直前に見舞いに行くと「ごめんね」と謝られたとか。

「弟たちのことはなんとかするから安心して休んで」と声をかけたといいます。

関係がうまくいっていた時期、高橋一生さんの運転する車で一緒にドライブすると、よくユーミンをかけていたそう。
亡くなるとき、ユーミンの歌を口ずさんでいたというお母さん。

疎遠になったこともあったとはいえ、高橋一生さんが最後にお母さんの顔を見に行けて、歌が聞けて、声をかけてあげられて良かったな、と思います。

長男との再会のほぼ一週間後、お母さんは53歳で永眠されたということです。

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高橋一生の一番目の弟

高橋一生さんのすぐ下の弟(次男)は2番目のお父さんの子供で、名前・年齢・顔写真などは公表されていません。
10歳離れているという情報もありましたが、確証はありません。
前出の『A-studio』出演の際、デザイン関係の仕事に就いていることだけは語られました。

この弟さんと話すときは、なぜか敬語になってしまうと笑う高橋一生さんです。
でもそれが自然で心地よいのだとか。

高橋一生の二番目の弟

高橋一生さんの2番目の弟(三男)は、2人目のお父さんの子供です。

ロックバンド「never young beach」(ネバーヤングビーチ)でボーカルとギターを担当する三男は安部勇磨(あべゆうま)さん。

1990年9月4日生まれで世田谷区出身、とウィキペディアにはありました。
お母さんが亡くなる直前まで最後に一緒に暮らしていたのも、おそらくこの安部勇磨さんでしょう。

ほどよくチカラが抜けてて、イイですねえ。

言われなければ兄弟とは分かりませんが、顔立ちにも似たところが見えますし、特に声はよく似ていると思います。

2015年にはインディーズながら既にフジロックフェスティバルにも出演するほどの実力派バンドでしたが、高橋一生さんはずっとデビュー前の安部勇磨さんに「インディーズに安住するのではなくプロを目指せ」と言っていたそう。

「別に売れなくてもいいんだって言ってる人たちって、どっちかっていうと、もう批評家っぽくなってくるんですね。やっぱり評価される側にいないと。何言われても、いないとだめだよって」
参照:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/01/21/kiji/20170121s00041000344000c.html

2017年にメジャーデビューすると、たちまちCMや映像とのコラボレーションで引っ張りだこになる人気ぶり。
2020年には、映画『ロマンスドール』に主題歌『やさしいままで』を提供。
アーティストとして高橋一生さんとの共同作業も果たしています。

下の動画では、映画公開に際して安部勇磨さんから寄せられたサプライズメッセージに淡々とコメントする高橋一生さんの姿が。
自然なやりとりが、かえって兄弟の親密さを感じさせます。

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高橋一生の三番目の弟

高橋一生さんの3番目の弟(四男)も、名前・顔写真ともに明かされていません。

3人目のお父さんの子供です。

わかっているのは1998年生まれ、ということだけ。
この方だけは、職業などにも特に言及されていないようです。

参照:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/01/21/kiji/20170121s00041000344000c.html

2018年にある女性週刊誌に、高橋一生さんをよく知る芸能関係者の話として「四男の大学の学費も目途が立ったのでようやく金銭的な余裕ができたときいている」とありました。
参照:https://www.news-postseven.com/archives/20180215_652339.html/2

実質的に兄弟たちの父親代わりも引き受けていたんですね。
責任感だけでそこまで出来る人はなかなかいないと思います。
弟を支える続けることが、高橋一生さんにとっても励みになっていたのではないでしょうか。

高橋一生の四番目の弟

1998年生まれの五男さん。
赤ん坊だった彼のおむつを替えミルクをのませたのは母親ではなく、当時高校生の高橋一生さんでした。

2019年時点では寿司職人の見習い修行中ということでしたが、その後順調にいっていれば、ひょっとしたら名のあるお寿司屋さんでカウンターに立たれているかもしれません。

参照:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/01/21/kiji/20170121s00041000344000c.html

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高橋一生の実家

弟たちが10代のころには、家計簿をつけさせてお金の管理をしっかりしつけていたという高橋一生さん。

「若い頃っていうのは、ある抑圧をかけないといけない。ちゃんと規律的なことをやってからの自由っていうのが一番美しい。規律みたいなものをしっかり持っていてもらいたい」
引用:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/01/21/kiji/20170121s00041000344000c.html

ミルクを飲ませ、オムツをかえて、お金の心配をしつつ学校に通わせて、、、。
5人の異父兄弟がみんな成人した現在、男同士とてもうまくいっているという高橋一生さん。

弟たちからはニックネームのように “兄”と呼ばれているのだとか。

本当の父親よりも父親らしいしっかり者は、30代後半に都内に購入したという中古マンションで、未だ独り暮らしを楽しんでいるのでした。

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まとめ:高橋一生の家族

  • 高橋一生さんのお祖母さんは、彼を劇団にいれて演技の楽しさを教えました。
  • 高橋一生さんのお母さんは3度の結婚で5人の男の子をもうけました。
  • 高橋一生さんの一番目の弟はデザインを生業としています。
  • 高橋一生さんの二番目の弟は『never young beach』の安部勇磨さんです。
  • 高橋一生さんの三番目の弟はお兄さんに学費を出してもらい大学に行きました。
  • 高橋一生さんの四番目の弟はすし屋で板前修業をしていたことがあります。
  • 高橋一生さんの実家は港区赤坂。遊び場は赤坂御用地だったそうです。

40代になってブレイク中の高橋一生さん、都内に億といわれる住まいも手に入れました。

自宅では観葉植物に“しげるさん”、愛車は“たけし”、ワンちゃんは“肉山さん”と呼んでいるのだとか。

弟たちもやっと手が離れたことだし、これからは自分だけの幸せをもっと楽しめるといいですね。

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