津田健次郎の父親・母親・兄弟の家族情報!実家は不動産業など営む

家族

この記事は津田健次郎さんの家族(父親、母親、兄弟姉妹)や実家にまつわるエピソードを紹介しています。

お母さんは一風変わった大阪のオカン?
芸能人だったという噂も。。。

そしてお兄さんが津田寛治さんというのは本当なのでしょうか?

実は、、、。

 

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津田健次郎の家族構成(父母・兄弟姉妹)

津田健次郎さんの家族構成は父、母、兄、津田健次郎さんの4人家族です。

津田健次郎の父親

津田健次郎さんのお父さんは、一般の方で顔も名前も公表されていません。

1972年、誕生の翌年にはお父さんの赴任にともないインドネシア・ジャカルタで生活を始めたという津田健次郎さん一家。

ジャカルタには日系企業も多く進出しており、通貨価値の違いもあって、その暮らしぶりは現地住民に比べて恵まれた環境のことが多かったようです。

ラジオ番組では、幼い頃お父さんによくプラモデルを買ってもらったと話しており、津田健次郎さんのインドネシアでの暮らしは、物質的には恵まれた生活だったのではないでしょうか。

1979年、津田健次郎さんが8歳のときに日本に帰国しています。

父親つながりでひとつ付け加えると、2020年7月には自身のインスタグラムで、役者として駆け出しの頃に結婚していること、2児のパパであることを明かしています。

女性週刊誌にすっぱ抜かれたことが公表の理由だと思われますが、家族の存在を隠していたわけではなく、無名だった結婚当時に脅迫めいたことがあったため、家族を守るために公表してこなかったとご本人が語っています。
参照:https://www.oricon.co.jp/news/2166344/full/

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津田健次郎の母親

津田健次郎さんのお母さんは津田道子(旧姓:上田)さんとおっしゃいます。

芸能活動をされていたという噂もありますが、真相は後ほど、、、。

1990年、自分でさっさと明治大学への進学を決めてみごと合格、上京した息子をお母さんは心配されなかったのでしょうか?

津田健次郎さんによれば、わりと放任主義なご両親だったようで「好きにしたらええやん」と言われた記憶があるといいます。

大学3年で『演劇集団・円』の養成所に入り、大学を休学したことを事後報告した時も「しゃあないなあ」。

どうせ言っても聞かない息子だとあきらめていたのかも、と笑う津田健次郎さん。

息子を心配してこっそり上京、ということもなかったようで、、、

来るときは必ず連絡がありました。「いついつ行くから、あんた空けときや」「空けられません」「なんでやねん」みたいな(笑)。
引用:https://news.livedoor.com/article/detail/11580980/?p=2

それでも役者デビューしたとは名ばかり、30歳近くまでさっぱり金のかせげない息子に、食品を段ボールいっぱい詰めて送ってくれていたそうですからやっぱり心配なさってたんでしょう。

津田健次郎さんいわく「ちょっと変わったオカン」だとか。

何があったのかある日「これから赤と黒しか着ない」と家族に宣言、それからずっとツートンカラーを貫いているそうで、津田健次郎さんの舞台を見にきたときも、モニター越しに動く赤い帽子をみて「あ、おかん来てる!」と気づいたんですって。

ジャカルタにいた頃から、小さな津田健次郎さんを映画に連れて行ってくれたというお母さん。

いまの津田健次郎さんの基礎を作ってくれたのは、多分にお母さんの影響もあるようです。
参照:https://news.livedoor.com/article/detail/11580980/?p=2

上はお兄さんの津田敬太郎さんのインスタグラムです。

お母さんが若い頃、女優をされていたというのは本当だったのですね。

お兄さんが経営している「椿堂サロン」で朗読やギターの弾き語りを行ったこともあるようです。


お母さんとのやりとりで、津田健次郎さんの関西弁を聞きたくなった方のためにコチラご用意しました。

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津田健次郎の兄

津田健次郎さんには2歳上のお兄さんがいます。

お名前は寛治さん、、、ではなく敬太郎さん。

地元大阪で椿堂 TSUBAKI-DOという会社を経営されています。
参照:https://tsudaki.jp/
椿堂 TSUBAKI-DO:オオサカから世界に「プロデュース&デザイン」を発信するブランド。T/Dスタイルであらゆるモノを「仕込んで」いく。 津田敬太郎:「椿堂 TSUBAKI-DO」ワールドの仕込み役。独自の「和 japan」の感性で、飲食・空間・建築・不動産等々…多様なジャンルを手がける。
引用:https://twitter.com/TSUBAKIDO

津田寛治さんは血縁関係者ではありませんでしたが、こちらは『津田健次郎と似てる人』ページでご紹介しています。

さて津田健次郎さんと敬太郎さん、小さい頃はどんな兄弟だったのでしょう?

ジャカルタで過ごした幼い頃は、魅力的な食べ物の屋台をみるのが大好きで兄弟でよく歩いたそうです。

確かにインドネシアは屋台料理のバラエティがすごいですね。

しかし津田家では子供だけの買い食い禁止という厳しいルールが!

大人になった今でも「ナシゴレン大好き」と発言している津田健次郎さん。

参照:https://i-voce.jp/feed/512991/

どうしても食べたくて一生懸命お兄さんに頼みました。

すると「お母さんには絶対ナイショな!」と買ってくれたんだそう。

現在のお兄さんのお顔も拝んでみたいですか?

こちらでございます。

お兄さんのSNSには、会社の告知やメッセージの合間にひんぱんに弟・津田健次郎さんの姿も登場します。

遅咲きの弟を心から応援している兄の気持ちが伝わってきます。

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津田健次郎の実家

津田健次郎さんのご実家は大阪で、お兄さんが不動産業や空間プロデュース業を手広く経営されているようです。

ご両親ともご健在で、大阪を離れて久しい津田健次郎さんも、安心して芸能活動に集中できそうですね。

またご両親どちらかのお兄さん(津田健次郎さんの伯父さん)が映画館の株主優待券を使わせてくれたため、中学生の津田健次郎さんは、たくさんの映画に触れることができたとも語っています。

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まとめ:津田健次郎の家族

  • 津田健次郎さんのお父さんは大企業のサラリーマンだったと思われます。
  • 津田健次郎さんのお母さんは若い頃女優をしていました。
  • 津田健次郎さんのお兄さんは地元で手広く事業を行っています。
  • 津田健次郎さんの実家は、今ではお兄さんが中心となって津田健次郎さんの活動を応援されています。

声優・俳優以外にも舞台プロデュースや映画監督にまで活躍の場をひろげている津田健次郎さん。

やはりご家族もクリエイティブな才能に恵まれているようです。

兄弟そろってジャカルタで習っていたというバイオリン、いつか演奏を聴ける時があるといいですね。

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