米倉涼子の大学・高校・中学の学歴情報!学生時代にいじめに遭っていた!?

学歴

この記事は米倉涼子さんの学歴情報(中学・高校・大学)と学生時代のエピソードを紹介しています。

「順風満帆」という言葉がこれ以上に似合う人はいない!

いつでも自然体でポジティブなオーラを放つ米倉涼子さんが、学生時代いじめられていた?
いったい理由は?

さっそく見ていきましょう。

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米倉涼子の大学

米倉涼子さんは大学に進学していません。
高校卒業後は芸能活動に専念されています。

お母さんが自宅で英会話教室をされていたこともあり、米倉涼子さんも英語に興味を持ったようです。
英語の専門学校や、ペットのトリミングスクールへの進学もイメージしていた米倉涼子さんでしたが、高校時代に芸能活動がスタートしたため、大学をふくむ各種学校に進学していません。

一般に大学時代にあたる1994~1998年、米倉涼子さんの主な芸能活動をピックアップしてみました。

1995年は、ファッションマガジン『CanCam』で、専属モデルとして人気を集めました。

1996年には、ユニチカスイムウエアキャンペーンガールに起用されています。

繊維メーカー・ユニチカがグループ企業PRのために1970年から行っているキャンペーンで、これに起用されるということは、その後のタレント活動に一種のプレミアがつく“一流タレントへの登竜門”として注目されていました。

引用:https://idol.ne.jp/unitika-swimwear-campaign-model

 

引用:https://www.unitika.co.jp/amuse/history/scm1996/

 

同じく1996年、キリンビールのキャンペーンガールとしても米倉涼子さんが選ばれています。

引用:https://headset.foreeel.sa.com/index.php?main_page=product_info&products_id=39331

まぶしいほどの美しさ。
細いのにメリハリのあるスタイルは、同性の筆者から見てもうっとりします。
なにより、40代後半にさしかかった今も、この20歳のスタイルを維持していること自体が驚異的です。

ストイックな自己管理をされているんだろうと、想像できますね。

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米倉涼子の高校

米倉涼子さんは1991年4月に神奈川県立旭高等学校に入学。1994年3月に同校を卒業しています。

学校名 神奈川県立旭高等学校
学科・コース 普通科
偏差値 46
所在地
〒241-0806
神奈川県横浜市旭区下川井町2247

米倉涼子さんの母校である神奈川県立旭高等学校は、1973年開校の共学校。
サッカーの強豪校としても知られています。

米倉涼子さんが在学中には、2学年上にラーメンズの小林賢太郎さん、1学年下に俳優の須藤理沙さんがいました。

5歳から始めたバレエでプロをめざし、数々のコンクールに出場していた米倉涼子さん。
当時は『谷桃子バレエ団』に通っていました。

引用:https://yumeijinhensachi.com/archives/962

夏休みも冬休みもない“バレエ漬け”の毎日。
でも、そんな稽古の積み重ねがなければ、よいものは作れないと学んだ日々でもありました。

さて、前出の後輩・須藤理沙さんがあるインタビューで明かしたところによると、高校時代の米倉涼子さんの男子からの人気ぶりはすさまじく、

当時からすっごい美人の先輩がいるって、1年の男子全員、米倉さんを見に行っていた。オーラが本当に違いました 引用:https://www.daily.co.jp/gossip/2020/01/29/0013071422.shtml

さぞかしモテモテだったのかと筆者は想像していたのですが、意外にもつらい時代だったようです。

2021年『突然ですが占ってもいいですか?』に出演した米倉涼子さん。

占い師が「18歳時点で大きなターニングポイントがあったのでは?」と指摘すると、

私は学生時代いじめられていた経験があって。性格は暗いし、内に閉じこもるタイプだった。話すときもひと言めに『すいません』なんて言っちゃって、そういう自分に嫌気が差してまた根腐れする・・・みたいな(笑)。

引用:https://gingerweb.jp/timeless/person/article/20200902-ryoko_yonekura?heading=2

とポツリともらしました。

ある日いきなり、友人が次々に離れていったのだそう。
突然の仲間はずれの原因は「自分にもあったのでは」と話す米倉涼子さんでしたが、そんなふうに思ってみても納得はいかないですよね。

修学旅行の時期にも集団での無視は続いたそうです。参照:https://news.livedoor.com/article/detail/20002353/

「死にたいくらいツラかったです」引用:https://news.livedoor.com/article/detail/20002353/

思春期の女の子にはよくある、やっかみだったのかもしれません。

そんな彼女を救ってくれたのは、年上の方のアドバイス。
「どうにもならないなら考えるのをやめたら?」と言われたことで、彼女の中で何かが吹っ切れ、考える前に動けるようになったのだとか。

無視した方はカンタンに忘れても、された方はその時代を思い出すたびに、心を切り刻まれるように辛いでしょう。

青春の思い出と言うには残酷すぎる出来事ですが、時間が経って話せるようになっただけでも、米倉涼子さんにとって「良かったな」と思う筆者です。

その後、高校2年のときに友人が応募してくれた『第15回全日本国民的美少女コンテスト』で審査員特別賞をとり、モデルの仕事を始めるきっかけをつかんだのでした。

引用:https://yumeijinhensachi.com/archives/962

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米倉涼子の中学校

米倉涼子さんは1988年4月に横浜市立南希望が丘中学校に入学。1991年3月に同校を卒業しています。

学校名 横浜市立南希望が丘中学校
偏差値 なし
所在地
〒241-0824
神奈川県横浜市旭区南希望が丘108−8

5歳からはじめたバレエも、中学入学時点ですでに9年目。

引用:https://yumeijinhensachi.com/archives/962

 

1年生の時には、神田うのさんと同じ谷桃子バレエ団に通っていました。

引用:https://careerintern.jp/actor/yonekura-ryoko/16145/

 

同バレエ団の公演で、伝統的に踊られている演目“リゼット”のプログラムです。

ACT2、ジプシーたちの中に米倉涼子さん、その下のワルツ・ソリストに神田うのさんの名前があります。

引用:http://ruiballetacademy.web.fc2.com/page014.html

美を競い、重力に逆らって軽やかに舞うクラシックバレエは、優雅な見かけとは裏腹に、バレリーナ同士が火花を散らす競争の激しい世界だといいます。

そんな世界で、人との衝突が苦手で内向的だったと言う中学時代の米倉涼子さんは、余計ないさかいを避けるためにまず「すみません」が口ぐせだったとか。
人間関係に気をつかいすぎて、踊る前に疲れてしまいそうですね。

それでもプロを目指していた米倉涼子さんは、この後20歳までバレエを続けました。

2012年からのブロードウェイミュージカル“シカゴ”では、バレエで培ったぶれない体で、世界に向けて最高のステージを披露したのです。

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まとめ:米倉涼子の学歴と学生時代

  • 米倉涼子さんは横浜市立南希望が丘中学校を卒業しています。
  • 米倉涼子さんは神奈川県立旭高等学校を卒業しています。
  • 米倉涼子さんは大学に進学していません。

米倉涼子さんの美少女ぶりはやはり昔から、男子生徒たちの評判になるほどだったんですね。
内気だったという性格もかえってミステリアスで、人気があったのも納得です。
だけどその分、同性からの理不尽な悪意の的にもなってしまったようですね。

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